第5章 お茶の間の復権を目指したWii

身体を動かして遊ぶWii

Wii(2006年)

Wii(2006年)

2004年6月、任天堂元社長の岩田はE3(Electronic Entertainment Expo)にて、コードネーム「レボリューション」という新たに据え置きゲーム機の開発を発表。さらなる「ゲーム人口の拡大」に向け、任天堂は高性能・大容量化といったスペック競争から離脱し、もう一度遊びの原点に立ち返ることで誰もが楽しめるゲームを目指した。
高性能を追わない方針とコストの観点から、Wiiではニンテンドーゲームキューブの基本構造を踏襲し、ソフトの互換性を持たせた。岩田は任天堂の開発陣に対し、本体サイズはDVDケース2~3枚重ねたくらいにしようと提案。先端技術を違う方向に向けることで、筐体サイズを薄く小さくした。小さくすることで(当時、PlayStation3やMicrosoft XBOX360は高性能化に合わせて本体が大型化していた)消費電力が抑えられて静かに動くため、ゲーム機の存在が邪魔になりにくい(岩田はゲーム機がお母さんたちに邪魔だと思われないようにした)。材質にもこだわり、これまでの任天堂のゲーム機にはない光沢あるホワイトが使われ、テレビの周りに置いても違和感のないデザインに仕上がる。ディスクの差込口も本体サイズの関係からスロットインタイプが採用され、縦置きにも横置きにも設置できるようにした。コントローラーについては、ニンテンドーDS(以下「DS」)のようにゲーム初心者には直感的でわかりやすく、ゲーム熟練者には新鮮で驚きが感じられるものを目指した。
コントローラーに触れることを「怖がられない」、ケーブルなしに使える「ワイヤレス」という方針のもと、シンプルさを追求。両手で持つことすら一旦リセットし、棒状で片手操作できるものに仕上がる。また、ポインターを応答性の高いセンサーと組み合わせた、これまでにないプレイスタイルを確立。内部には傾きや動きが検知できる加速度センサーを搭載し、スピーカーも取り付けられた。さらに、さまざまなコントローラーを合体させて使用できる拡張コネクタを設置し、新しい操作系としてヌンチャクを同梱した。岩田はこの新型コントローラを「Wiiリモコン」と名付け、その特性を生かしたソフト群も用意。
本体と同時発売された『Wii Sports』は、Wiiリモコンを振るという身体を使って操作。ゴルフやテニス、野球など本当に遊んでいるような感覚が味わえ、ボタンをフルに操作する従来のゲームとは明らかに違う楽しさがあった。ゲーム熟練者にはニンテンドーゲームキューブ向けに開発していた『ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス』をWii向けに作り直して発売。そして本体名称にいたってはゲーム機っぽくなくそれ以上略しようないない言葉と英語の"We(私たち)"を示す『Wii(ウィー)』に決定。
こうして2006年12月2日に発売された『Wii』は、それまでのゲーム機とは異なる斬新さが受け、初日から爆発的な勢いで売れる。誰にでもわかりやすい斬新な操作方法と遊んでいる楽しそうな姿が大きな話題となり、昔のようにリビングにたくさんの人が集まってプレイする姿が世界中で見られた。

ネット接続を使ったサービス展開

片手で持って遊ぶ革新的なコントローラー「Wiiリモコン」

片手で持って遊ぶ革新的なコントローラー「Wiiリモコン」

「Wiiはテレビにチャンネルを増やすような機械にしたい」岩田の要望から、「毎日楽しい」というコンセプトが生まれた。インターネット配信が前提のWiiには、買い物や天気予報、ニュースなどのコンテンツが載せられ、毎日見てもらえることを願って「Wiiチャンネル」を開設。また、電源をオフにした状態でもネットからの情報収集ができる「Wii Connect24」を搭載し、ファミコンやNINTENDO64など過去のゲームが遊べる「バーチャルコンソール」も導入。さらに2008年3月25日には、コンパクトな新作がダウンロードによって遊べる「Wiiウェア」の販売も開始した。同年9月には、岩田が自社のウェブ媒体上で開発者に直接インタビューする「社長が訊く」の連載も始まる。そのウェットに富んだ質問やユーモア溢れる返答ぶり、社員である開発者と対等な視点で語り合う姿がファンを喜ばせた。
同時期に発売された高性能なPlayStaion3が苦戦している中で、Wiiは発売から約1カ月で100万台を突破し、その後も順調に普及台数を伸ばした。発売から2年後の2008年1月には500万台、12月には約780万台を突破し、本体のネット接続率は4割にも達した(当時のゲーム機としては高めの数値)。これまでにない新しいゲームソフトも次々に登場し、ヒット作も多く誕生。中でも宮本が作った体重計『Wii Fit』は、国内だけで353万台を売る大ヒット商品となった。このソフトは、同梱の周辺機器「バランスWiiボード」に乗って、体重測定やエクササイズを行うというもので、健康をテーマにした有用性と新しさが話題を呼び、日本一売れる体重計となった。

DSとWiiのダブルヒットで過去最高益に

世界で最も売れた体重計「Wii Fit」

世界で最も売れた体重計「Wii Fit」

2009年、任天堂はこの時点では過去最高となる売上高1兆8386億円、営業利益5552億円を叩きだし、営業利益においては国内の製造業ではトヨタを抜いて首位を獲得。しかし任天堂は、DSやWiiがどれだけ売れても「禁欲経営」に徹する。
「運にも、追い風にも恵まれ、2年前の3倍の規模のビジネスができるようになった。そうなると感覚が麻痺して、慢心や驕りが出てきてしまいがち。2年、3年前の姿勢を少しも変えずに維持できるか。ゲーム業界は、他の産業よりもドラスチックな変化が起きやすいことを常に肝に銘じ、経営に取り組んでいきたいと思います」(※1)岩田は自らをこう戒めた。娯楽の世界で生き残ってきた任天堂には「運」を重んじる企業風土があり、どんなにヒットしても驕らず、謙虚な姿勢を保とうとする。
DSがヒットしても岩田は「結果を伴ったというのは、幸運に恵まれた部分でもありますね。だって、正しいことをしても常に結果がついてくるとは限らないわけで。人が何をもって面白いというかということもそうですが、とりわけ商品が何をもってヒットするかということに関しては、自分たちの力の及ばない部分がものすごく大きいんですよ」(※2)という慎重な姿勢を崩さない。山内時代から「娯楽産業は商品を通じての広報がすべて」であり、経営をひけらかすことはなかった。学習や健康をテーマにした新ジャンルのソフトがヒットしても「あくまでゲームですから」と娯楽屋の領域から外れようとはしない。
「当社の意図はお客さんに喜んでもらうこと。面白かったというニコニコもいいし、親と子の対話が増えたニコニコもいい。おじいちゃんが健康でいられるニコニコもある。その結果、社員も取引先も株主もニコニコしている。つまり任天堂は『笑顔創造産業』なんです。それが娯楽産業のあるべき姿ではないかと思います。」(※3)岩田はこう語り、「任天堂らしさ」を保とうとする。
山内が鬼籍に入った2013年、岩田は山内への弔辞を次のように述べている。「山内から教わった『他と違うからこそ価値がある』という価値観を娯楽の本質としてこれからも大切にし、同時に山内がしてきたように、任天堂の姿を時代に合わせて柔軟に変え続けていくことで、任天堂全体で山内の魂を引き継いでまいります。」

    出典

  • ※1 社長が訊く「Wiiプロジェクト番外編」(2006年10月5日)
  • ※2 任天堂経営方針説明会2007年
  • ※3 日経ビジネス「任天堂はなぜ強い「たかが娯楽」の産業創出力」(2017年12月17日号)